木と認知症WG

木質建材の発する匂いが認知症予防に与える影響について

研究リーダー
東京大学 大学院理学系研究科 教授:
竹内春樹 /
三井不動産 イノベーション推進本部
産学連携推進部:前川真紀代

「木材を採り入れた空間」はその木材が発する「匂い」の効果により、身体に良い影響を与えるのではないか。そうした仮説のもと、三井不動産の前川と東京大学の竹内教授が連携し、「認知症予防」の観点から検証を進めています。認知症の患者数は、近年進む高齢化に伴って急増中。その対策は喫緊の課題です。そこでこの研究では、脳にダイレクトな刺激を与える嗅覚から認知症予防にアプローチしつつ、木の身体的な効果の可能性を明らかにします。

無意識のうちに認知症が予防される。そんな未来を創るのは“木の匂い”かもしれない
  • 前川真紀代

    三井不動産
    イノベーション推進本部
    産学連携推進部

  • 竹内 春樹

    東京大学
    大学院理学系研究科

木の未知なる可能性として、認知症に着目

前川
前川
今回の研究テーマを設定するにあたり、「木の新しい可能性を発見する」ことを目的としていました。不動産業における木の活用については当社グループ内でもすでにさまざまな取り組みがありますが、そのメリットは断熱性や耐火性などの物理的な側面や、地球温暖化への貢献といったSDGsの観点で語られることが多いのが現状です。そこで、産学連携を通じて木の「身体的」な効果について検証し、新たな視点でメリットを見いだせないか考えた結果、社会問題でもある認知症への効果に着眼することになりました。
竹内
竹内
この話をいただいた当時、ちょうど匂いと認知症の関係に興味をもって研究を進めていたところだったので、「木と認知症」というテーマは自分が進む方向と非常に合致していると思いました。嗅覚は五感の中で比較的軽視されがちな感覚器官ですが、人間のすべての遺伝子のうち、匂いの物質を受容するための遺伝子の数は2%弱を占めており、これは非常に高い割合。通常、必要のない遺伝子は進化の過程で消えていくので、これだけ残っていることには何か理由があるはずです。

感覚受容に関わる遺伝子の数

竹内
竹内
また、人は古くから木と共生してきたので、木にはまだ明らかにされていない、人間を身体的・精神的に健全な状態へもっていく力があると信じています。そこで今回は、木の匂いに長期間暴露された際の認知機能の状態を行動学的・神経生理学的に評価します。数種類の木を用い、匂いの濃度を調整するなどして、どのような匂いだとより効果を発揮するのか、その比較も詳細に行います。匂いの潜在的な力や嗅覚の価値を、木の可能性と共に解明できる点に、この研究のおもしろさを感じています。

木の匂いによる認知症の発症予防メカニズム(仮説)

木の空間にいることで、無意識のうちに健康が促進される

前川
前川
先生と共に検証できたことを、形にして実装し、社会に還元していくことが当社の役割です。私たちは、科学的な正当性の裏付けがあることで、さらに自信をもって商品を展開していくことが可能になります。今回の研究には、木造建築を手掛ける三井ホーム株式会社も研究メンバーとして参加しているので、研究結果をいち早く形にしてお客さまに提案できるのも醍醐味ですね。
竹内
竹内
僕としても、自分の研究が社会で活用されることに大きなメリットを感じます。商品化という点では、木造建築はもちろん、生活になじませる形で展開していくことが重要だと考えています。長期的に木の匂いを嗅いでもらうには、人間の呼吸に無意識レベルで働きかけることが大切ですから。そういう意味でも、デベロッパーである三井不動産との相性は良いと思います。
前川
前川
ただリラックスできるだけでなく、気づかないうちに脳も刺激を受け、疾患予防に資する空間を、木を用いてつくるということですね。そこで暮らす人が、無意識でありながら良い影響を受けられる。そのような環境を、空間づくり・街づくりという自然な形でアプローチしていくことは、都市計画においても非常に重要な要素だと思います。木に秘められた可能性を感じますし、そういった環境づくりこそが、私たちの役割として目指すところだと思っています。
竹内
竹内
そうですね。認知症は自分の細胞が生み出した異常タンパク質が自分自身を傷つけることで発症しますが、認知症に限らず、癌やパーキンソン病、免疫疾患といった最近の病気のほとんども、原因は自分の体の破綻です。そう考えると、日々の生活の中で自分のコンディションを整えておくことにこそ、ものすごく大事な予防策が隠れているのだと思います。いずれはこの研究を他の病気にも展開していきたいですし、そこで効く・効かないの違いがあっても面白いのではないでしょうか。匂いは効果こそゆるやかですが、比較的安全かつ安価で、誰もが取り入れられますから。僕たちはそうした方法で世の中のQOL(Quality of life:生活の質)を高めていきたい。究極的には、人間が無意識のうちに健康でいられる状態をつくりたいですね。