木と睡眠WG

木材を用いた空間が睡眠に与える影響について

研究リーダー
東京大学 大学院農学生命科学研究科 教授:
恒次 祐子 /
三井不動産 イノベーション推進本部
産学連携推進部:西 瑠衣子

施工性や断熱性など、木造・木質空間にはさまざまなメリットが挙げられる一方で、その身体的な価値に関しては未解明な点が数多くあります。そこで本研究では、主に木の「匂い」と「光環境調整効果」に着目。三井不動産の西、三井ホームの石橋、東京大学の恒次教授ら研究メンバーが、互いの知見やアセットを活かしながら、木造・木質空間の条件が睡眠質に与えるポジティブな影響を検証し、住宅への応用を目指します。

木に包まれた空間だと人はぐっすり眠れるのか。“睡眠質”から、木の可能性を解き明かす
  • 西 瑠衣子

    三井不動産
    イノベーション推進本部
    産学連携推進部

  • 石橋 円子

    三井ホーム
    サステナビリティ推進室
    ESG/SDGs推進グループ

  • 恒次 祐子

    東京大学
    大学院農学生命科学研究科

“睡眠質”の観点から、木の価値を検証する

西
西
近年、脱炭素社会の実現に向けて、木造・木質建築が急激に注目を浴びていますよね。社会的な環境変化を踏まえ、脱炭素“以外”の視点からも木が持つ可能性や価値を明らかにできないか、そのために東京大学のアカデミックな視点と三井ホームの木造建築の知見をお借りできないかと考え、今回お二人にお声がけしました。
石橋
石橋
三井ホームが手がける木造建築の歴史は約50年。これまで、面で構成される構造や高い断熱性で生まれる自由な空間設計といった、木の強みを活かした建物をご提供してきました。また、日本の気候や条件に合うよう、耐震性・耐久性・耐火性などの面でも多数の実験を重ねており、木の性能の高さについてはよく知っているつもりです。しかし、世間的には「木造建築は地震や火事に弱い」といったネガティブな固定観念がまだ残っていると思います。強くて安心、それでいて心地良い木造建築の魅力をお客さまに伝えきれていない、木の良さを立証するエビデンスがないことにもどかしさを感じていたタイミングで、恒次先生に出会いました。
恒次
恒次
私は長年、木の身体的影響について研究しており、特に睡眠質に関しては以前から関心を寄せていました。4年前に実施された大規模な疫学調査により、「自宅の寝室に木材・木質内装や家具が多い人は不眠症の疑いが少ない」ことが明らかになったのも、その理由の一つです。ぜひこの機会に調査して、木が人の身体に対して持つ可能性を科学的に証明したいですし、そうやって木と人体に関するエビデンスを増やして発信していくことに価値があるのではないかと思ったんです。
西
西
研究を開始した当初、先行研究があまりないことに驚きました。木が身体に良いことは誰でもなんとなく理解できると思いますが、意外とその科学的根拠は十分に解明されていないんですよね。
恒次
恒次
そもそも建築の観点から木材を考えると、どうしても安全性が優先されます。そのため研究でも木造建築の構造的な価値、いわゆるハード面のテーマが先行していたんです。それが昨今、技術の成熟に伴い、木が心身に与える影響といったソフト面の価値も注目されるようになりました。もう一つの背景としては、測定技術の発達も大きな要因ですね。木が心身にもたらす影響を測定するには人間の反応を簡易に高精度で計測する技術が必要で、その技術革新とともに研究も進行してきたように思います。加えて、ここ数年の健康やウェルネスに対する意識の高まりも、研究を後押ししているのではないでしょうか。

社会実装を見据え、実際の睡眠に近い環境を追求

恒次
恒次
今回の研究は睡眠質を“ある程度条件をコントロールしながらも、よりリアルに近い形”で検証する点が大きなポイントかと思います。木の「匂い」や「見た目」を単独で切り取ってラボで実験するのではなく、実際に木の空間を用意する。そうして、睡眠質に影響する要因を複合的に解明します。

木質空間が睡眠の質に与える影響のイメージ

西
西
恒次先生に実験計画をご相談した際、被験者の条件を揃える点に難しさを感じていらっしゃいましたよね。そしたら、石橋さんから三井ホームの研修センターを実験の場にするアイデアが出てきて、食事・運動量といった日々の行動が非常に近しい人たちの睡眠質を検証することが可能になりました。こうして互いに意見を出し合いながら足りない部分を補い合えるのは、産学連携だからこそだと思います。
石橋
石橋
そうですね。三井ホームの強みは木造建築における実績と技術力で、恒次先生がお持ちの知見を社会に実装させることが当社の役割だと思っております。まずは2024年の春に研修センターで実験して、最終的には、研究で得られたノウハウをお客さまに提案する際の根拠とする、また実際に木材を使用した建物をつくってお客さまに体感していただくといったことを実現したいです。

木質空間のイメージ

恒次
恒次
社会実装を念頭に置き、それに対して一貫性を持たせた研究を計画するというのは産学連携ならではかもしれません。例えば今回、研究に使用しているのは木の精油ではなく内装材で、これは実際の住宅で使われる木材から揮発する成分の影響を検証するためです。研究の活用目的が明確なので、それに合わせて手法も選択しています。
西
西
いずれは住宅に限らず、ホテルを始めとした他のアセットにも研究成果を展開したいですし、将来的には睡眠以外の切り口……例えば生産性や創造性の向上など、木が潜在的に持っている身体への価値をさまざまな側面から検証していきたいですね。